ブルゴーニュ地方が誇る特級畑が生み出すエレガントで豊潤な白ワイン。
輝きのある美しいイエロー色。完熟した柑橘フルーツや白桃、洋梨などの果実に、ドライフルーツ、白い花、蜂蜜、ヘーゼルナッツの香ばしさ、バターの様な芳醇なアロマが複雑に重なります。口に含むと果実の凝縮感が高くリッチな印象。ボディがしっかりとあり、緊張感があり、非常に上品な酸味が果実味をより印象的に高めます。持続性のあるミネラルが豊富で余韻がいつまでも続く優雅で力強い味わいです。
ワイン単体でも十分楽しめますが、ぜひオマール海老のビスク、トリュフのリゾット、バターソースを使った大粒のホタテや舌平目料理など、リッチなお食事と合わせてお楽しみください。

ブルゴーニュの名門フェヴレ社
4代目のジョルジュ・フェヴレは、かの有名なコンフレリー・デ・シュヴァリエ・デュ・タストヴァン(利き酒騎士団)の創設者のひとりとして知られ、オスピス・ド・ニュイ・サン・ジョルジュのキュヴェにも、レ・サン・ジョルジュ・キュヴェ・ジョルジュ・フェヴレとしてその名を残しています。
フェヴレが数ある他のネゴシアンと一線を画すのは、その広大な自社畑から造られるドメーヌもののワインが、全生産量の8割を占めるという事です。
コート・ド・ニュイ、コート・ド・ボーヌ、そしてコート・シャロネーズまで、合わせて120ヘクタールもの自社畑を所有し、シャンベルタン・クロ・ド・ベーズやエシェゾーなどグラン・クリュに10ヘクタール、ニュイ・サン・ジョルジュのレ・サン・ジョルジュやジュヴレ・シャンベルタンのクロ・デ・ジサールなどプルミエ・クリュに25ヘクタールの畑を持っています。
ひとつのクリマの面積は平均して1haと決して大きくはないが、それだからこそクリマごとに手の込んだシュール・ムジュール、すなわちオーダーメイドのワイン造りを行っています。
フェヴレが所有する120ヘクタールの自社畑のうち、半分以上の68ヘクタールはコート・シャロネーズに位置しています。フェヴレ家がこの地域の潜在的な可能性に気付いたのは、第一次世界大戦と世界恐慌により産地が疲弊していた1933年のこと。
この年にジョルジュ・フェヴレが賃貸耕作を始め、1963年には5代目のギィ・フェヴレがメルキュレに最初の畑を購入。その面積を徐々に増やし、今日、ジヴリィ、リュリィ、モンタニー、ブーズロンまで、コート・シャロネーズ全域に版図を広げた。
メルキュレイ・プルミエ・クリュ・クロ・デ・ミグランをはじめとする数々のモノポール(単独所有)畑を手に入れ、コート・シャロネーズならフェヴレとまで言われるまでに成長。
今日、メゾンを率いるのは、2005年に25歳の若さで事業を引き継いだエルワン・フェヴレ。奇しくも彼の父、フランソワ・フェヴレがメゾンを継承したのも25歳の時であったという。
エルワンは当主の座に就くや否や、改革を断行し、若いうちはなかなか飲みづらく、長年寝かせて初めて花開く典型的な長期熟成型のワインを、比較的早いうちに飲み頃を迎え、かつ長期の熟成もでき得るワインへとスタイルを変えた。これは、エルワン就任後にフェヴレに入り、現在では栽培・醸造の技術責任者を担うジェローム・フルースによる緻密なワイン造りも支えています。
さらに、本拠がニュイ・サン・ジョルジュということもあり、コート・ド・ニュイの赤ワインに特化しがちだったポートフォリオをコート・ド・ボーヌの白にも広げるべく、2008年にグラン・クリュのバタール・モンラッシェとビアンヴニュ・バタール・モンラッシェを入手。同時にピュリニー・モンラッシェ・プルミエ・クリュのガレンヌも加わり、壮観なラインナップを完成させました。

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